1117

今日は晴れていたように思う。よく見ていないけれど。

朝、仕事をしていたら左目の視力が落ちていることに気が付きました。焦点が合わないような感じで乱視が強くなったのか、ただ視力が落ちたのかは分からないけれど、とても見えづらい。眼鏡を買いかえなきゃいけないこととか考えて嫌になってきていたし、そもそも視力がここまで落ちているのに気が付かなかった自分に対して不信感が募って気分が終わっていった。

とか考えていたけど夕方には治った。なんだったんだ。

1113

今日の天気は曇りだったと思う。何度か外に出たはずだけど、よく思い出せません。天井が四角だったのは覚えています。

仕事で知らない言語で書かれたのプログラムを触ることになったので、それを読み進めています。当然意味が分からないし途方もないなと思いながらずっと進めてきたけれど、少しずつ紐付きが見えてきて最近は少し楽しい。

 

 

1102

三週間くらい前から原因不明の憂鬱が続いています。三週間と書いたけどこの期間がどれくらいのものだったのかうまく把握できていません。時間の長さを想像するのは難しい。

くだらないことを意味もなく引きずってしまう。

こうやって言語化したからと言って憂鬱が深くなる訳でも浅くなる訳でもないけれど。そもそも憂鬱に深度なんてあるのか

1031

つまらないことに目もくれないまま過ごしたい。

なにを書こうか悩んでいる。嫌なことがたくさんあった。見たくないものとか言いたくないことばかり増えていく。関わりたくないものが多い。仕方がない。運が悪かった。頑張って許容するか、避けていくしかない。僕にはどうしようもないし、手に負えないことだ。

喋るとおかしな解釈をされる。最近は喋らなくても解釈してくる距離感の人がいるのでつらい。詮索されるのが苦手だ。

 

1025

少し日記を読み返してみたけれど、僕は長文を書くのが苦手っぽい。時間が掛かるし仕方がないのかもしれない。書きたいことなんて基本的にないのだし。

最近また憂鬱に陥りやすくなっているような気がします。理由はよくわからない。よくわからない憂鬱をやっている間に人生が終わってしまいそうな気がする。

特に自分の軽率な行動を思い出しては気持ち悪くなることが多い。最低だ。

 

距離感について書こうと思っている。がんばって長文(沢山の短文でもいい)を書きたいけれど、なにも書くことがないし。

昨日の日記で距離感ごと人を好きになってしまうみたいなことを書いた。距離感はその人の一部みたいな書き方だけれど、その距離感はどちらかというと僕の一部なのではないかと今考えてみて思う。相手に僕の感じている距離感なんてものは皆無で、相手には相手の感じる距離感があるのだし。

そんなことを言い始めてしまったら、僕はただ自分の網膜に移った半分自分みたいなものを見て感情を揺らしていて、自分の鼓膜の振動音を聞いてなにか感じ取っているというような感じになってしまう。

その外側にはもちろん、光の反射だとか空気の振動があるけれど。それを解釈するのは結局自分一人になってしまう。話がずれている気がしなくもない。

何に対しても距離は存在していて、距離を含めて観察する他ない。距離は可変だし、対象の角度とか見方も可変であるし、どれだけ近くてもどれだけ遠くても、距離やら角度やらは常に対象との間に付きまとうし度々変化してしまう。

終わりが見えないけれど書くことが思いつかなくなってしまった。言いたいことがあったわけでもないし、自分でも何を書いているのかよくわからなくなってしまったというのが正直な感想です。画面にたくさん文字が並んでいるので割と満足してます。長文が書きたいという気持ちはもう無い。

1024

距離感を含めて人を好きになってしまう。

 

自分の思考が好きじゃない。人の言葉を使ってみて矯正できるんじゃないかと思っていたけど、どうも良くならない。嫌になってきた。

いまは少し酔っているから許されるだろうと思ってこんなことを書いているけれど、酔っていればなにかから許される訳でもないし、訳のわからない言い訳にすぎない。酔って喋るということが一般的なくだらない話につける免罪符であるということだけが僕の解釈になる。