読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

0926

今日行える最低限の行いをした。

毎日日記を書くのに憧れて毎日更新してはいるけど、意味の薄い文章を書いているだけで指の運動くらいにしかなっていないし、だからと言って毎日書き残したいことがある訳ない。自分がいつか振り返れるようにと書いてはいるけど、このまま続けて行けば記事の量も半端じゃなくなってくるし意味の薄い文章に途中で飽きて二週間分くらいしか振り返れない。なんてこともありそうだ。誰の目にも入らないのならこんなくだらない文章も白紙と同じだ。読まないと意味がない。読まれるまでは文字の羅列にに意味なんてない。

自分のブログはざっと読むけど好きな曲の歌詞は深読みする。アンバランスな気がしないでもないけど普通なので気にしない。自分の考えに対する解釈なんてそうそう変わるものでもないし。基本的に過去の自分より現在の自分の方がハイスペックなので深読みする価値がない。楽に読めるんじゃないかとは思う。楽過ぎて修正とか余計なことまで始めそうだ。

もうLOSER聴いても一々感動しなくなってしまった。初めは聴くたび鳥肌が立ったような気がするぐらいオーバーに感動していたのに。第一印象ってすごいんですね。YouTubeのコメントで書き出された歌詞を読んだあたりから少しづつ冷めてきた気がする。この曲は歌詞が特に良いし仕方がない気はするけど。別に飽きたくないのに飽きてしまう。好きなのはそんなに変わらないけど。飽きれば新曲を待つしかない。米津玄師が曲じゃなくてよかった。そういえばテレビで米津玄師が取り上げられてるのを撮った画像を目にして知ったけど"黄金の色したライト"だと思ってたところ、"黄金の色したアイオライト"だった。アイオライトってなんなんだ。調べたけど。どこで拾ってきたんだそんな言葉。

作品ってアーティストからすると日記みたいなものなんだろうか。米津玄師がdiorama出したときに「もう作曲やりつくしてしまって空っぽの状態になってる。これからどうしよう。」みたいなことを言っていた気がする。それからまたなんらかの代謝があってまた曲を作るみたいな。ブログに思ってること書くより曲にしたいみたいなことも言っていた気がする。記録。

ある程度時間がたってしまえば過去の自分考えていたくだらないことなんて今現在自分の周囲で起こっていることで上塗りされていつかは忘れる。この先一度も思い出せないなら無かったも同然だ。